首があるから生きている

以前、他のブログで書いたものですが・・


首という言葉は単に身体の一部を指すだけではなく、慣用句として用いられてきた。

リストラにて使われる「首を切る」は切られたら生活する糧が
失われるという生命線の例えであり、
「首の皮一枚で繋がった」とはその生命線が辛うじて繋がる
というように免れて助かることを言う。
また借金で「首が回らない」とは文字通り どうにもならない状況を表し、
「○○がネックとなっている」という表現では、
それ自体が問題の要というような意味合いを持つ。

首には生きていくこと、つまり日常生活を左右し、
その後の状況を決定づける意味が含まれている。
取り分け健康に関して、首は生命と直結している。
価値観の多様化と言われて久しい現代では健康を一言で語ることは難しい。
世界保健機関(WHO)では健康の定義を
「完全な肉体的、精神的及び社会福祉の状態であり、
単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」と掲げている。
果たして、世界中にこの定義に当てはまる人がどの位いるのだろう。

健康であれ不健康であれ、ボクたちは今生きている。
裏を返せば生きているから健康にも不健康にもなりうるのだ。
その生きていく上での生命線となるのが首である。
そして、この首の状態が日々の健康に大きく関与していることに気付いてほしい。




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by amanochiro | 2010-11-21 06:13 | 上部頸椎カイロプラクティック | Trackback | Comments(0)