昨年、腑に落ちたこと  

今日は昨年、腑に落ちたことを書きます。

私はオフィスも自宅も杉並区で、区に3本ある河川のうち、
比較的近くに神田川と善福寺川が流れています。

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桜の季節の善福寺川

善福寺川は子供たちを連れて散歩したり、
時々ジョギングしたりと馴染みの深いところです。
特に川沿いにある大宮八幡宮は大のお気に入りで、
気がつけば、ふらっと足が向っている場所です。
「東京のへそ」と言われ、多くの参拝客が足を運び、
最近ではパワースポットとしても注目を浴びているようです。

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以前から度々、昔の人は何故ここを建立の地と決めたのだろうか
と考えることがありました。
現代人には見ることが出来ない精霊が宿る地だとか、
この地には何かあるのかなぁと思いに耽ることもありました。


昨年、腑に落ちたこと。。
一冊の本にその答えが書いてありました。


アースダイバー 中沢新一 著


「アースダイバー」は、縄文時代の地図を片手に現在の東京を巡る本。

縄文時代は浅草、新橋、品川あたりは完全に海の中で、
かなりのエリアが水で占められ、都内にはいくつも岬がありました。
東京は上水道整備の過程で多くの河川が埋め立てられ、
その多くは表面には見えない水脈に姿を変えたとのこと。
しかし、神田川と善福寺川は不思議ともとの流れの位置を保存し続けたそうです。


いつも何気なく歩いていた川沿いに、縄文時代の記憶が残っていたなんて、
自分の中の浪漫的妄想度が上昇します。

中沢氏は古来から日本人は“さきっぽ”を崇め、岬にある聖地では
生命と霊力の増殖の祭りが行われていたと記しています。
本書に付いているTOKYO EARTH DIVING MAPという
縄文時代の復元地図を眺めますと確かに岬には神社仏閣、古墳が集中しています。


う~ん。
大宮八幡宮のすぐ傍には大宮遺跡、
善福寺川を隔てて、松ノ木古墳。

なるほど。
この地は大宮八幡宮が建立されるずっと以前から、
岬として地盤も強く、浸水することもなく、周りの集落には生活があり、
人々は神聖な地と崇めていたんだ。。

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このことを意識してから、日が暮れても遊びに夢中で帰ろうとしない
我が子を連れて帰る時、ひょっとしたら縄文人も、この地で同じ経験を
していたのかもと思うと何だか不思議な気分になります。

そして今、21世紀。
こんなことをブログに書いてみたり、ツイッターでつぶやいています。
本質的には、縄文人とあまり変わっていないと思いますけど。。

ちなみに
人体の“さきっぽ”は生命力のみなぎる部分で
サムライが敵の首を落としたのは、そこが生命力の中枢だと考えていた
からだと書かれていました。



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by amanochiro | 2011-01-28 09:50 | | Trackback | Comments(0)